今週の礼拝は、うちの教会に春からやってくる新しい牧師先生による説教をいただきました。いまの牧師先生からみると子どもの世代に当たるような若い先生なので、戸惑いや不安もあるんだけど、新しい先生の若い力を得ることで、この教会がもっと穏やかで活気のある教会にかわるきっかけになればいいな、と思います。
その一方で、この春は、いまの牧師先生や教会学校の主だった先生たちが一線を退く季節でもあります。これはこれで寂しいことなんだけど、教会のためにご苦労された方々が、その重責から解放されるわけでもあるし、うれしいことでもあります。
聖書に出てくる教会と同じように、うちの教会にも様々な問題があるけれど、この春の変化が、よい方向に向かうきっかけになればよいな、と思ったりします。そう簡単にはいかないと思うけどねぇ (-u-;)
わたし自身は、自分の信仰をもっと祈りを中心とした方向へ変えていきたいな、と思います。観念や言葉を足がかりとする信仰から、祈りを通して内面的な聖霊の声に耳を澄ますような信仰をめざしていきたい。これは自分の意志というよりも、そっちの方向に引っ張られている、という感覚です。その道が正しい道なのか、わたしにはわからないけれど、聖書の御言葉を読むかぎりでは、たぶん正しい道なんだと思う。
祈り方についても、たとえば観想や黙想といったカトリックの人々の姿勢について、もうちょっと学んでみたいっす。信仰の姿勢が違うので、カトリックの祈りをそのまま実践するのはむずかしいかもしれないけれど、祈りの姿勢、心の向かい方については、いろいろ学べるところがあるんじゃないかな、と思っています。
プライベートでは、引っ越しが春の最大のイベント。まだ引っ越し先は決まっていないんだけど、新しい場所での暮らしが内面的な暮らしにもプラスになるように、腰を据えて、よい場所を探したいと思います。ボロ家でもいいから、安い家賃でゆったり暮らせるところがいいなぁ。