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2005/07/31(日) 23:59:00 [キリスト教]

 おなじみの日曜礼拝。夏バテ気味でちょっと眠いんだけど (-.-)~

 成人科は、新約聖書の中の重要な言葉をギリシア語で憶えてみよう、って話。バシレイア・トゥー・テゥー(神の国)、エクレシア(教会)、アガペー(神の愛)、エロス(人の愛)、フィレオ(友愛)とか、そーいうの。なんかもう、ぜんぜんわかんないんですけど。フィレオって白身魚のフライじゃないのか?たぶんニュアンスを正確につかむにはギリシャ語辞典がないとダメなんだろうな。レベル高すぎ (@_@;) 英語すらわらかんのに

**********
 礼拝はマタイ伝の「平和ではなく剣を」ってところ。家族と信仰の関係、ほんとうの平和とは主に従う平和なのだ、という説教でした。どうやって自分の家族に宣教するか、という話もあって自戒すること多し。
わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、/娘を母に、/嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。
 わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。
 また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。
自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。

 マタイ伝のここって、この段落だけを読むと「キリストは地に破壊をもたらすために来たのだ〜、これこそ宗教戦争を示唆したものなのだ〜」と勘違いしがちなんだけど、ほんとの意味は、この前後の段落に隠れています。

 前の段落には、自分自身をイエス・キリストの仲間であると表明するなら、イエス・キリストもその人を仲間だよ、と神様に紹介するよ、という話があります。また、あとの段落には、弟子を受け入れること=イエス・キリストを受け入れること=神様を受け入れることなんだよ、という話が書かれています。この2つの段落であつかわれている共通のテーマは「どのようにイエス・キリストと関わりあうか」です。

 ですから、この「平和ではなく剣を」って段落も、イエス・キリストとわたしとの関わり方を問いかけていると考えて間違いないでしょう。「自分の家族の者が敵となる」という例えは旧約聖書からの引用で、世の終わりの民の腐敗を表しています。この世でもっとも信頼できる集団である家族でさえ、終わりの日にはエゴの集合体となってしまうのです。イエスさんは、そういう家族の限界をふまえた上で「家族か?イエス・キリストか?」と、わたしたちに問いかけているのでしょう。

 とはいえ、この問いかけは、わたしたちにとって、かなり意地の悪い質問です。誰だって家族は大切なものではありませんか。では“イエス・キリスト”を、イエスさんの主張と入れ替えてみたらどうなるでしょう?

 「家族か?律法の完成か?」
 「家族か?隣人愛か?」
 「家族か?平和か?」
 「家族か?神か?」

 こうしてみると、イエスさんは神や平和や隣人愛よりも上に立つコミュニティなどないのだとおっしゃっているようです。

 では、宗教の方が家族よりも大切なのでしょうか?宗教の律法の方が、国の法律よりも大切なのでしょうか?あるいは、自分の信じる神の方が他人の神よりも尊い、と言えるのでしょうか? …いえ、違います、そうではないのです。宗教も家族と同じようにコミュニティのひとつに過ぎないのです

 隣人愛よりも優先する宗教などないし、平和よりも優先する国家の大義、民族の誇りといったものも、まやかしなのです。自由のための戦争、革命のための闘争、なんて言葉も、勇ましい嘘なのです。

 たぶんキリスト教徒にとって、いちばん大切なものは神の教えだけなのでしょう。そして、個人として主体的に【イエス・キリスト】に関わりあうのなら、キリスト教も、カソリックやプロテスタントなどという宗派も、ナザレのイエスも奇跡も聖書の解釈も、そして神や聖霊という存在すらも、神の御言葉に従属するものなのです。

 大切なのは【イエス・キリスト】という名で呼ばれる神の御言葉だけなのだ、と、わたしは思うのです。

2005/07/30(土) 23:53:13 [キリスト教]

 金曜日は、月末のルーチンに追われてあたふたする一日。昼は、教会でお葬式の手伝いなどをちょびっとやる。夕方は、調理師試験の友だちと反省会をかねて、ベローチェでうだうだする。

 きょう、土曜日は朝から教会の草取り。ご褒美として昼食に仕出し弁当をいただく。あまりにも暑いので、午後は自宅でクーラーの恩恵をいっぱいに浴びながら、ネットを歩いたり、本を読んだりという、ぐーたらな一日。

 ところで今回、前夜式・葬式に出て感じたのは、人の死が呼びおこす祈りの力強さです。式は日曜の礼拝と同じく礼拝堂で行なわれたんだけど、会衆の祈りの集中度と緊張感は、日曜の礼拝とは比べ物にならないほど強いものでした。

 たぶん故人への想いは、参列者ごとにそれぞれ違うのでしょう。しかし、ひとりの人の死という現実は、あたかもレンズのように会衆の祈りを一点に集束させる力を帯びていました。

 葬式は故人を悼み遺族を慰めるため、日曜の礼拝は牧師を通して神の声を聞くため、という目的の違いはあるものの、ともに祈りの場であることは同じです。日曜日の礼拝でも、葬式と同じような力強さがあってもいいのに、この差はどういうことなのだろう、と思いました。

 考えてみれば、日曜の礼拝にもイエス・キリストの十字架、という死の要素があります。会衆がイエス・キリストの死を親族の死として、もっと身近に感じるようになれば、わたしたちの祈りも、イエス・キリストというレンズを通して、神の御前にさらに強く結ばれるのかもしれません。

 ただ葬儀と礼拝に大きな違いがあるとすれば、葬儀では亡くなった方と御遺族への思いが中心ですが、礼拝では神への思いが中心です。キリスト教徒は礼拝の中で、イエス・キリストというレンズを通して神の御姿と御言葉に触れようとしているのかもしれません。

2005/07/29(金) 04:57:35 [その他]

 わたしはあまり時事ネタに反応しない人なんだけど、先日、友だちのN君から驚愕のネタをもらいました。「デビッド・リンチがカルト教団立ち上げ?」というニュースです (*o*;) ええ〜!?
【ロサンゼルス21日】映画「ブルー・ベルベット」やテレビシリーズ「ツイン・ピークス」などでカルト的な人気を誇るデビッド・リンチ監督(写真)が、瞑想教育による世界平和推進のため、70億ドル(約7兆7000億円)を集める計画を明らかにした。

ハリウッドのアウトサイダー的な存在として知られる同監督は21日、「意識教育と世界平和のためのデビッド・リンチ財団」の設立を公表。世界中で学校における瞑想教育を推進する活動などを行う計画という。同監督は、瞑想は健康増進とストレス解消に役立ち、暴力行為をなくすことにつながるとしており、「8000人が瞑想し、良い波動を送り出せば、地球に平和が訪れる」と語った。

リンチ監督は「人は(わたしの計画を)笑うが、米政府が人間の殺傷に使う爆弾を巨額の資金を使って開発しているのを笑いは笑しない。それこそ悪い冗談だ」と語った。

同監督は9月と10月には資金集めのための全米ツアーを計画。最終的に70億ドルを集めることを目標にしているが、それほど巨額の資金をどのように使うかは具体的には明らかにしていない。〔AFP=時事〕
 記事を読んだかぎりでは、どのくらい深くコミットしてるかわからないんだけど、とりあえず7兆円って数字はすごいなぁ。ディズニーランドいくつできるかな。ちなみに記事に出てくる瞑想とは、マハリシ・マヘシュ・ヨギのTM瞑想のことです。

1990「TWINPEAKS」 デビッド・リンチは「イレイザーヘッド」の頃からずーっと好きな監督です。おだやかな日常とおぞましい悪夢が交錯する迷路に観客を引きずりこむ魔導師みたいなおじさんです。

 ファンとしては、既存の宗教やオカルトからは距離を保って、魔導師のクールな視点を守ってほしいな〜、というのが本音です。そういう世界のインサイダーになることで表現が深まる人も多いけれど、リンチには、いつまでも浮世離れしたヘンな世界を作りつづけてほしいから、ファンとしては、とても複雑な気持ちなのです。

 とくに最近のトム・クルーズくんの“スピリチュアル”な言動をみていると、リンチくんもインド人の空中浮揚映画とかつくるんじゃないか、と、不安におののいてしまうわけですよ (x_x;) それこそ本物の悪夢や〜

 神を信じる者としては、素直にお祝いしてあげたいんだけどな〜。あ〜、複雑な気持ち。

2005/07/29(金) 00:26:58 [キリスト教]

 教会員の方が亡くなったので、きょうは前夜式、つまりお通夜です。わたしもちょっとお世話になったので、式に出たかったんだけど、なにしろ教会でいちばん下っ端なのでパシリ役に終始しました。故人へのご挨拶は、式が終わったあとにそそくさと。時間があったら、明日の葬式のパシリもちょっとやろうかな。

 ところでキリスト教の前夜式は、お通夜と違って定時に始まって定時にすっぱり終わります。深夜にわたる弔問や通夜ぶるまいもないので、仏式のように遅い時間に行くと誰もいない教会の前で「が〜ん」ということになるので、気をつけましょう。でも、ご遺族・関係者の体力を考えると、この方があっさりしていていいかも。

 あ、もちろん清め塩も数珠も袱紗もいらないよ。実は、うっかり持っていきそうになったんだけど > 俺

 ところで、きょう、副牧師の先生から「あなた、こないだの祈祷会こなかったわね」とツッコまれて「ああああっ!」と初めて気がついた。完全なド忘れ。もちろん別に義務じゃないんだけど、自分にとってはすごく実りのある会なので、忘れたのは痛い。来週は忘れないようにしようっと。

 その時間に何をやってたかというと、女友達が調理師の試験を受けるので、近所のカフェで3時間ぶっ通しのマラソン勉強会をやっていたのだ。おかげで、ブドウ球菌は潜伏期間が短い、とか、煮物・和え物の上にのせるものを天盛りという、とか、ワラビに木灰をまぶすとアクが抜ける、などといったトリビアが貯まった。使う機会はないが、ちょっとうれしい。

 きょうの午後には、その友達から報告が入った。あまり出来は良くなかったらしい。当落線上ぎりぎりじゃないか、とのこと。う〜む、がんばったのに〜。栄養学が弱かったからなぁ。だけど間違って受かってる可能性もある。来月の結果発表が楽しみだ。でも、間違って合格した人のつくる料理って、ちょっとこわいような気もする (-u-;)

2005/07/28(木) 03:22:28 [その他]

 今回は小島紀武氏とザインの歴史について。といっても「トンデモ本の世界」とWebに転がってる話をつぎあわせただけだからテキトーなんだけど。以下、年譜。
  • 1940年 東京生まれ
  • 1963年 東大工学部土木工学科 卒業(62年度) / 川崎製鉄入社
  • 1964年 軍事革命をめざし退社
  • 数学塾経営と並行して研究生活
  • 1986年 宇宙大戦ハルマゲドンに参戦して魔に勝利
  • 1989年04月21日 株式会社ザイン 設立
  • 1990年 銀河皇朝軍(ザイン帝國の前身)設立
  • 1994年06月24日 東京大地震&クーデター 予言成就日
  • 1996年12月10日 ジャパンシンドローム株式会社 設立
  • 1997年02月18日 核石ショップ「金環食」ホームページ 開設
  • 2002年09月02日 ブランド名を「金環食」から「シオン」に変更
  • 2003年06月24日 株式会社ZACZAC 設立
  • 2003年12月04日 母体の名称を「ザイナスティア」から「帝國0」へ名称変更
  • 2005年7月現在 母体名称「Z帝國」(ざいんていこく)として現在に至る
 小島氏が一気にブレイクしたのは、東京大地震の予言とクーデター計画の発表です。凡人ならば「クーデターは事前に発表しない方がいいんじゃないかな〜」と思うんだろうけれど、小島氏は宇宙をすべる神様なので、そんな心配は無用だったのです。

 部外者にとっては幸いにも地震もクーデターも起きなかったのですが、予言の日の3日後にオウム真理教による松本サリン事件が発生し、翌年の3月には地下鉄サリン事件が発生しています。直接の関連はないと思うけれど、1990年から1995年は新々宗教の各派がまるで歩調を合わせるかのように、組織の拡大や路線変更を行なっています。世紀の節目を前にした同時代的な動きだったんでしょうかね〜。

 とはいっても、ザインは最初から株式会社であり宗教法人ではありません。予言がはずれたあとは、アクセサリー・ショップを全国展開しつつ、イベント会場での有料の儀式や物販で着実に利益を上げておられるようです。

 現在もオフィシャル・ページでは旭日旗のもとに世界革命宣言やら神文学(しんもんがく)の学説などが雄々しく掲げられていますが、これって絶対アクセサリー・ショップの売上の足をひっぱってると思います。余計なお世話ですけど (^_^;) とりあえず政権奪取とかイニシエーションとかは忘れて、アクセサリー販売だけに的を絞れば、もうちょっと繁盛すると思いますよ、ええ。

 たとえば現在の商品は、ひとつのアクセサリーにひとつの核石がついているものが多いのですが、核石のサイズを小さくして組み合わせができるようにしたらいかがでしょう。組み合わせが可能になれば、顧客の願望や悩みにあわせて細かなカスタマイズが可能になります。また、顧客自身も日々の暮らしや自分の運気に合わせたカスタマイズができるので、予備の石を買い求める人も増えると思うんですよ。

 また核石の種類を増やして、それぞれを組み合わせることで、それまでになかった特殊効果を発動できるようにすれば、販売量もかなり増えると思うのです。全ての石を集めるとフルコンプリート効果で、自動的にハルマゲドンの戦士に選ばれる、とか面白いかも。2秒前に思いついたんですが。

 核石ごとにストーリーを加えて、核石の付加価値を高めるのもいいかも。お手本は「Magic:The Gathering」「遊戯王」のようなトレーディング・カードのシステムです。まずライターを雇って背景となる世界観をつくりましょう。核石ごとの効能と、組み合わせによる特殊効果を詳細に定めたルールブックも必要になるでしょう。あとは、イラストレーターを雇って核石ごとにニューエイジ風の絵本を出版してもいいし、核石活用マニュアルを出してもいいです。出版が当たれば、きっと代理店が映像化の話をもってきますから、核石で幸せになるラブ・ストーリーを撮りましょう。もちろん役者も舞台も韓国で。あとは、放っておいてもビルが建ちますよ、どーですか、このアイデア♪ > 小島会長

 というわけで、コミッションは総売上の1%でいかがでしょうか? (^_^)

 …おあとがよろしいようで… m(^_^;)m

2005/07/27(水) 02:14:35 [キリスト教]

 ザインのことばっかり調べていると頭が腐りそうなので、ちょっと現実世界に戻って、今週の教会の話。

 成人科は、新約聖書の中のイエス・キリストの呼称について。ナザレのイエス、救い主、アブラハムの子、ダビデの子、神の子、人の子、主、ラビ、などなど、呼称にも、呼ぶ人の立場や信条が反映されていておもしろい。宗教の聖典って、単語ひとつ、助詞ひとつをとっても、それを伝えてきた人間たちの思いが幾重にも重なっているのが感じられて、読み返すたびに新しい意味の存在に驚かされます。

 礼拝は、コリント書二5:11-15。肉によるのではなくキリストの愛によって宣(の)べ伝えよう、ってとこです。う〜む、なんとなく意味はわかるんだけど、パウロの書いた手紙はどれも意味が深くて難しいよ〜 (T_T)

 礼拝後、あと片づけをしていたら、ある部屋からゴスペル音楽が聞こえてきました。のぞいてみると、誰もいない小学科の教室に置かれたMDラジカセから流れているのでした。黒板には“Who is the Holy Spirit?”とか“The Holy Spirit leads us to Christ.”などと書かれています。うちの教会では“熱狂的なお祈りはダメです”という理由から、聖霊についてあまり教えてないんだけど、その教室の風景を眺めていたら、聖霊も神のペルソナの大切な一部だよな〜、思いました。といっても、聖霊のなんたるかは、ちっともわかっていないんだけどね (^_^;)

 ぼーっとゴスペルを聞いていたら、小学科の先生から聖霊についてのレジュメをもらいました。どもども。俺は、成人科よりも小学科の方がレベル的に合ってるような気がするなぁ。

******

 ところで、きょう所用で教会に寄ったら、ある教会員の方の訃報を聞いた。う〜ん、またしてもショック。しかも、教会の仕事を教えていただいた先輩なのでショックも2倍。前夜式で、ちゃんとお礼とお別れをいわなきゃ。盛夏から秋にかけては、けっこう不祝儀多いんだよね〜 (@_@;) 神様、どうか御高齢の方々の健康をお守りください。ほんとに、よろしくお願いします。

2005/07/26(火) 13:53:45 [その他]

 パワーストーン・ショップ「シオン」の表紙には「恋なら成就を、愛ならより深く。成功と繁栄、商売繁盛、心と環境の浄化…etc」という石の効能が書かれています。なんか美しいですね。

 しかしフォースにダークサイドがあるように、ザインのパワーストーンにもダークサイドがあります。それが悪魔聖品。ショップの表紙の左下にあるバナーをクリックすると、パステル調の表紙とはうってかわった凶悪なデザインの入り口が現れて「召還セヨ、悪魔ノチカラ。」という微笑ましいコピーと、悪魔との契約を確認する選択肢があらわれます。“心と環境の浄化”なんかどうでもいいわ!この世は金と権力が全てなのよ!オホホホホ!みたいな人は、力いっぱい「YES」をクリックしましょう。悪魔の力で恋愛・金・出世すべて思いのまま、という驚愕のグッズがずらりと登場します。以下、商品名とコピー一覧(※価格はすべて税込価格)。
「悪魔の角」¥39,900
悪魔人間誕生!能あるヤツは「角」を持つ、逆境は勝利のステップに過ぎない!眠れる「角」を解き放ち、栄光をむさぼりつくして願望を全達せよ!!
「蠍」¥39,900
KILL! KILL! KILL!!冷酷上等! 恐るべき暗殺魔術で欲望達成乱れ撃ち!一撃必殺の「蠍毒」でバイオハザードを惹起し、邪魔者を一掃せよ!!
「マインドコントローラー」¥36,750
尽きることの無いあなたの欲望に完全対応!恐怖の人心操作!このペンで書かれた文を相手は鵜呑みにして受け入れる!恋、金、権力、望むもの全て、書くだけで願いが叶う悦楽の日々!!
「財産吸引魔」¥67,200
二度と金に困らない! 旨い汁だけ吸って吸って吸いまくる!もう止まらない!有形無形の財産・資産を才略をめぐらせて吸引し強奪する!次々と財産が転がり込んでくる戦慄の金運強奪専用兵器発動!
「丹田の悪魔ジン」¥76,650
謀略によって世界支配力(権力、金力、人心支配力)を自在に駆使する!漆黒の最強バングル、召喚魔『丹田の悪魔ジン』と共にサクセス連勝物語を我がものとせよ!
「悪魔の金探し」¥34,650
悪魔の金脈万華鏡、のぞくだけで貧乏遺伝子殲滅!黄金遺伝子光速インストール開始!高性能略奪系モバイル自動集金マシーンで、しぶきを上げる金脈大噴火を手中に収めよ!
「ヘルファイター」¥409,500
出すぎた杭は打たれない! 完全欲望完遂器完成!神火を持つ地獄からの挑戦者よ、逆襲の時は来た!魔神の力で人生の栄光と完全勝利を完遂せよ!!


 なんて自分勝手で虫のいい願望なんだ!とか、価格対性能比で考えるとタダみたいな値段だ!とか、いろんな意味で驚愕のラインナップなんだけど、わたしが驚いたのは、このショップの商品群がとても純粋な呪物崇拝にもとづいていること。たとえば最終学歴や商品のブランドにこだわる人々も広い意味では呪物崇拝だけれど、崇拝者の目的意識と呪物の効能の明確さという点でみれば、ザインの顧客の呪物崇拝の方がはるかに純粋で原始的なわけです。

 高度400km上空で宇宙ステーション建設が進んでいても、地表では原始時代とまったく同じ風習が脈々と受けつがれているなんて、人間ってほんとに妙な生き物だなぁ、と思います。

 この他にも、ザインのショップのページを読みながらいろんなことを考えました。

 現実的な利益にこだわった祈りをささげる人々は、その祈りの形も、より具体的で目に見えるものに頼る形、すなわち呪物崇拝や物神崇拝に近づくのではないか、ということ。

 キリスト教の儀式のなかにも呪物崇拝の跡がみられるけれど、教義を固めていく過程で、どのようにして呪物崇拝の抽象化や意味の転化、視点の変更が行なわれたか、を学ぶのは、かなりおもしろいし、教義の意味を知る上でも大切なのではないか、ということ。

 宗教と呪術は、機能的な差はあっても本質的な意味は実はほとんど違わないのではないか、ということ。宗教のなかでは巧みに抽象化されているけれど、たとえばキリスト教は最後の審判の日に天に招かれる利益を目的とした呪術である、という意見を絶対に間違っているといえるだろうか?

 キリスト教徒としての自分の祈りに、呪物崇拝が入りこんではいないか、という点についても考えました。プロテスタント系の教会で学んできたせいもあってか、いまのところ、わたしの祈りには、物(十字架、像、イコンなど)を崇拝したり、現実的な利益を求める言葉がまったくないんだけれど、そういう“現世的な祈り”に対する誘惑は、いつも感じています。

 その他にも、祈りの正しい形はあるのか?物を通して神や自然を崇拝することは、信仰として誤っているのか?など、いろいろなことを考えてみました。

 こんなサイトを読んで、こんなまじめなことを考える俺ってエライと思う (ぉぃ

 第3回は、ザインの歴史のまとめを書くつもり。けっこう長い歴史があるんだ、これが (^_^)

2005/07/25(月) 03:02:43 [その他]

 この文章、ほんとは「祝福と呪いの違いは?」というテーマで、まじめな話を書こうと思ったんですが、話の枕に使うつもりだったザインの話があまりにも面白いので、テーマはいったん横に置いといて、ザインの紹介を書くことにしました。早い話がツッコミを我慢できなくなったわけです (^_^;)

 ザインってのは、小島露観さん(伯魔壬旭軍帥:はくまじんきょくぐんすい)が経営する株式会社です。オフィシャル・ページには右翼もビビるくらいの殺伐とした空気が漂っていますが、ショップでは持っているだけで幸せになれる美しいアクセサリー「核石(かくせき)」をたくさん取り扱っています。以下、わたしが気に入ったアクセサリーの効能と商品名をご紹介します。


  • 身も心もピッタリの関係を得たい方へ - 「カップリング聖&性」
  • 意中の方を囚にしたい方 - 「囚(トリコ)にする」
  • “カッコイイ”女性になりたい方 - 「アマゾネスの首領」
  • 相手をセクシーに魅了したい方 - 「悩殺令孃」
  • 不運を断ち切り、“濡れ手に粟へ” - 「常陽(幸運増殖炉)」
  • あきらめなければチャンスは巡る - 「海路の日和〜チャンスメーカー〜」
  • 不安よサラバ、感謝のあとには幸福 - 「幸せだ!!」
  • ギャンブルのツボ、戦略が一目瞭然!「穴場地図」
  • 思いも寄らぬ方法で大金を捕み取り!! - 「金(カネ)の捕み取り」
  • 今の仕事を天職に、または天職が見つかる核石 - 「誘われるままに“天職”」

 念のため繰り返しますけど、これらはアクセサリーの名前です。なんかラブコスメとか精力剤みたいな名前が多いですけど。この中に、思いも寄らぬ方法で大金を狙う「金(カネ)の捕み取り」って商品がありますが思いっきり漢字まちがってます。つかむのは「掴」、つかまるのが「捕」。このアクセサリーを身につけてたら、近い将来に脱税とか出資法違反で捕まりそうな気がします。

 「カップリング聖&性」って名前も、国道沿いのつぶれかかったラブホテルとか、温泉街のスナックを思わせる独特の神秘的なオーラを放っていますね。

 あと「常陽」って高速増殖炉の名前からとったと思うんですが、後継の「もんじゅ」がナトリウム吐いた時点で高速増殖炉の未来は終わってますから、すっごい不吉な名前だと思います。ていうか、そもそもネタとして古い。

 純粋に名前として好きなのは「悩殺令孃」です。きっと命名した人、男性なんでしょうね。“童顔で巨乳”みたいな男の煩悩が名前から伝わってきます。ためしに効果解説を読んでみます。
 『悩殺令孃』を持つと、コケティッシュでありながら、麗しさと気品に満ちた雰囲気を身に纏うことができます。あなたの視線、何気ないしぐさから色香が溢れこぼれ、一挙手一投足が見る者全てを夢中にさせるのです。

 昼は淑女のように、夜は娼婦のように振舞うあなたの姿に、異性は抗し難い魅力を感じることでしょう。
セクスィー&キュートな魅力で、意中の相手を“悩殺”してしまいましょう。
 …全部おまえの妄想やんか (-u-;) “セクスィー”がポイントやね

 ともあれ、これらのアクセサリーは、社長さんが考案した技法「チャージ」によって凄まじいパワーが封入されているので、興味のある方はぜひショップのホームページをご覧ください。

 アクセサリーについて疑問・質問のある方はQ&Aを読んでみましょう。「チャージ」の説明や価格、選び方のアドバイスなどがまとめられています。さらにくわしいQ&Aには興味深い内容が記されています。
:核石の効果は本当にあるのですか?

:効果は本当にあります。事実、社員も、また軍帥御自身もお金を出して聖品を購入しているぐらいです。
 軍帥は社長さんのこと。社割とかあるのかなぁ。
:効果が出ないケースもあるのですか?

: 効果が出ないケースというのは、聖品を信頼せず、聖品効果を試してやる、という意識で身につけたりすると効果が発揮されません。

核石の効果が現実に発揮されるのは、核石と持ち主の共鳴作用によって効果が現実に発動します。

しかし、核石を疑い、また、核石の生みの親である伯魔壬旭軍帥を疑って、核石を身に付けても決して、核石と持ち主は共鳴しませんので、効果が発揮されません。

要は「馬鹿に付ける薬はない」という言葉がありますが、核石も同じです。卑怯卑劣な輩には、核石が効果をもたらすことは決してありません。逆に核石は自分を否定する者に復讐し、その者の内的メカニズムを崩壊させてしまいます。「被害者の会」の裏切者たちのメカニズムは崩壊しています。
 えええっ!?「被害者の会」があるの?…う〜ん、だいじょうぶかなぁ。
:はじめてシオンの核石を購入される方は、伯魔壬旭軍帥のことはよく知らないし、信じるも信じないもないと思いますが、それでも効果が出るのですか?

: はじめてシオンを知り、核石を購入される方は確かに伯魔壬旭軍帥のことは知らないと思います。信じるも信じないもないでしょう。

しかし、購入されるということは、核石を試そう、という気持ちがない限りにおいては、純粋に核石が欲しい、核石を信頼して購入されるわけですから、核石を信頼する=シオンを信頼する=伯魔壬旭軍帥を信頼することに繋がりますので、効果は発揮されます。

軍帥は初めから100%の信を求めておられるのではありません。核石を使っていくうちにその信が高まっていくのです。効かないと言う者は軍帥に対して明らかな疑心を懐いた者です。特に軍帥に対し絶対忠誠を尽くすという誓紙を入れながら裏切った者に対しては、核石はその者を滅ぼす凶器になります。「被害者の会」の中心にいる活動者はほとんどがこの裏切者です。裏切りはこの世の最大の悪であり罪なのであり、天は裏切者を決して赦しません。
 ひょっとしてザインさんってドロドロの内紛がありません? (^_^;) 幸せの石を売るのもいいけど、まず内紛をどうにかした方がいいと思います。

第2回は「悪魔聖品」の話だっ♪

2005/07/23(土) 02:52:10 [その他]

 二晩つづけて月があまりにもきれいだったので、思わず立ち止まって眺めてしまいました。大人になったいまでも、満月をみると兎のシルエットを描いてしまうのは妙なもんです。中国では月にいるのは蟹だったかな。イタリアかロシアでは母親の横顔だったような。古代の人々にとって夜空はいろんな物語をつむぐカンバスだったんでしょうね。

ジョルジュ・メリエス「月世界旅行」(1902) 月にまつわる物語はたくさんあるけれど、わたしがいちばん好きな物語はジェイムズ・P・ホーガンのハードSF「星を継ぐもの」「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」の三部作です。月の生成の謎、木星と小惑星帯の不思議、生命誕生の謎、人類進化のミッシング・リングといったSFではおなじみのネタをふくらませて、美しい論理のネックレスを編みあげたホーガンの才能は、とても人間業とは思えません。人間が夜空に輝く月を見上げたときの想いを、ここまで美しくかつ論理的に組み立てた物語は、たぶん空前絶後だと思います。いい意味でもわるい意味でも非常にアメリカ的なSF。

 小説なんて、しょせんは絵空事なんだけど、人間とは妙なもので、物語というウソがなければ生きていけない生き物のようです。「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」という言葉の通り、人は昼の世界と夜の世界を生きていて、夜の世界こそ人間のほんとうの姿が現れる場所なのかもしれません。

 最近は、評論や論文ばっかり読んでいて、物語に飢えてるなぁ。時間ができたら、またハヤカワや東京創元の世界にどっぷり漬かりたいもんです (^_^)

2005/07/21(木) 03:10:44 [心の話]

 きょう、思いがけず知人の社長さんの訃報をうけとりました。個人的なおつきあいはなかったんだけど、間接的にとてもお世話になっていたので驚いてしまいました。しかも、すでに告別式もおわり、密葬もすんだとのことで、もう呆然。なんてこった。こういうときに自分の社会性のなさを痛感するなぁ (T-T) ぐぁ〜

 頭を抱えていてもしょーがないので、法要の邪魔にならないように喪が明けるのを待ってから、線香を上げさせてもらう機会をうかがうことにしよう。

 先日の説教に死生観に関する部分があったので、ここ数日、死者の復活のことなど考えていたんだけど、知り合いの死という現実の前では、キリスト教の語る復活もなんだか色あせてしまいます。ひょっとしたら復活は、たんなる比喩、あるいは観念的な信仰の根拠にすぎないのではないか、などと思ってしまいます。

 たぶん、いまのわたしでは、復活の真意はわからないでしょう。わたしの知恵は、まだ乳児の段階なのです。
乳を飲んでいる者はだれでも、幼子ですから、義の言葉を理解できません。固い食物は、善悪を見分ける感覚を経験によって訓練された、一人前の大人のためのものです。 (ヘブライ人への手紙 5:13-14)

 でも、きょう、ひとつの不思議をみました。その社長さんの会社にうかがうと、社員たちはいつもと変わらずに働いていました。社長さんの体は滅びてしまっても、社員たちは、社長の遺志をうけつぎながら、黙々と働いているのです。

 それはあたり前のことのように見えますが、では、もし、わたしが死んだら、わたしの存在は遺された人たちの間にどんな余韻を残すのでしょう。もし、あなたが死んだら、あなたの遺志はどんな形で人々の間に生きつづけるのでしょう。

 ひとりの人間にとって、死はすなわち命の終わりを意味します。ある人は「俺が死んだ後は世界がどうなろうと関係ないさ」と考えるかもしれません。また、ある人は「死後の世界で永遠の幸福が見つかりますように」と願うかもしれません。そこには自分の幸福への関心があり社会への無関心があります。

 しかし、ある種の人々の命は死によって終わることはありません。その命が尽きても、周りの人々に対して行なったこと・願ったこと、社会に対して行なったことは、余韻として広がり、人々の間で共鳴しながら、なおも広がっていくのです。

 尊い思いであれ、邪悪な思いであれ、その思いが個人の枠を超えた世界をみつめたものならば、その人は永遠の生命をもつ、といえるのかもしれません。

 この考えは、聖書とは関係ないかもしれないけれど、たぶん小さなヒントにはなると思います。

 では、最後にお祈りを。

 天のお父様、きょう、また一人の方が天に召されたことを知りました。そして死してなお人々の間に息づく死者の意志を目の当たりにし、あなたがわたしたちに注がれた霊の力の不思議に思い至りました。願わくば、その御力によって死者を安らぎと憩いの園へ御導きください。遺された方々の心身の痛みを拭い去ってください。主のともしびにより、遺された方々の歩む道を明るく照らしてください。わたしは愚かにして彼の旅立ちを見送ることはできませんでしたが、どうかこのようなわたしを憐れみ、主イエス・キリストの御名を通してこの祈りをお聞き届けください。アーメン。

2005/07/20(水) 00:10:06 [スピナビ改造]

 既定のスキンでは、月別アーカイブやカテゴリーのページは、メインの目次ページと同じく記事を一覧するタイプのテンプレートを使っています。今回は、自作のリスト式テンプレートを導入することで、月別アーカイブやカテゴリーをリスト化して読みやすくしてみます。

図版A リスト化すると、記事本文は月別アーカイブやカテゴリーでは読めず、個別アイテムのページで読むことになりますが、反面、コメントやトラックバックの状況がわかりやすくなるので、レスを忘れることが少なくなります(たぶん)。

 リスト式テンプレートは既成のもの(例:mango_list/list)もありますが、今回はテンプレート作りの練習もかねて自作にこだわってみました。

図版B
 まず、ログインして管理ホームのページにいったら、左側のメニューから「テンプレート編集」(図1)を選んでテンプレートのリストを表示します。次に、下の方にある「新しいテンプレート」という項目(図2)に、適当なテンプレート名とテンプレートの説明を入力して「テンプレートを作成」ボタンを押します。画面がリロードされると、テンプレートリストに、たったいま作成したテンプレートが現れるので(図3)、「編集」(図4)をクリックしましょう。

 「テンプレートの編集」という画面には、先ほど入力したテンプレート名とテンプレートの説明の他に、たくさんの未入力の項目がありますが、今回つかうのはごく一部だけです。

◆アイテム>アイテムのヘッダー
 スタイルシートを先頭に、リストを定義しています。
<style type="text/css">
<!--
ul.catlist a {border-width:0}
ul.catlist li {line-height:0.5em}
-->
</style>
<ul class="catlist">


◆アイテム>アイテムの本体
 月/日 件名 [コメント数/トラックバック数]、という形でリストアップしています。
<li>
<a href="<%itemlink%>"><%date%> <%title%></a>
[<%comments%>/<a href="<%itemlink%>#trackback"><%TrackBack(count)%></a><a name="trackback" id="trackback"></a>]
</li>


◆アイテム>アイテムのフッター
</ul>


◆コメント (無い場合)>コメントが無い時
<%commentcount%>


◆コメント (最大表示数より多い場合)>コメントが多すぎる時
 blink クラスを使った強調表示を行なっています。最大表示数はBlog設定の編集ページにある「コメントの最大量」で行ないます。通常は既定値の0のままでOKです。
<a href="<%itemlink%>" rel="bookmark">
<span class="blink"><%commentcount%></span>
</a>


◆日付と時刻>日付と時刻
 日付の書式です。
%m/%d


 記入が終わったら「テンプレートの更新」(図5)を押しましょう。すべてを元の戻したいときは「リセット」(図5)を押しましょう。

**********

 テンプレートができたら、スキンのテンプレート指定を書き替えます。左端のメニュー下段の「スキン編集」(図6)をクリックして、いまブログで使っているスキンをみつけます。使っているスキンの名前がわからなければ、Blog設定の編集ページにある「標準のスキン」を参照しましょう。

 次に定義済みパーツの中から「月別アーカイブページ」を選んで、<!--Contents--> と <!--End of Contents--> の間にある <%archive(xxxxx)%> という部分をみつけましょう。xxxxxは、いま使っているテンプレート名です。そして、xxxxx の部分を、先ほどつくった自作のテンプレート名と入れ替えます。

 うまくいったら「スキンの更新」(図7)ボタンで更新を確定しましょう。間違ったら「リセット」ボタンで元に戻しましょう。

 同じ作業をメインの目次ページでも行ないます。こちらのページでは表紙とカテゴリーの2つの表示を兼用しているので if文による切替を行ないます。

 オリジナルのスクリプトなら、以下の例のように
<!--Contents-->
<%blog(mango/short,15)%>
</div>
<!--End of Contents-->

 という部分を
<!--Contents-->
<%if(category)%>
<%blog(newlist,100)%>
<%else%>

<%blog(mango/short,15)%>
<%endif%>
</div>
<!--End of Contents-->

 という形に変更します。

 このシリーズにそって改造をしている方は、以下の例のように
<%if(category)%>
<h3 class="item">【<%category%>】</h3>
<%else%>
<div class="profile" id="prof">
<div class="prof_txt" id="prof">
自己紹介のテキスト
</div>
<div class="prof_img" id="prof">
<img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/0/w/l/0wl/20050513-profile2.gif" />
</div>
</div>
<%endif%>
<%blog(clonedmango/short,15)%>
</div>

の部分を
<%if(category)%>
<h3 class="item">【<%category%>】</h3>
<%blog(newlist,100)%>
<%else%>
<div class="profile" id="prof">
<div class="prof_txt" id="prof">
自己紹介のテキスト
</div>
<div class="prof_img" id="prof">
<img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/0/w/l/0wl/20050513-profile2.gif" />
</div>
</div>
<%blog(clonedmango/short,15)%>
<%endif%>
</div>

のように改造しましょう。

 うまくいったら「スキンの更新」(図7)ボタンで更新を確定しましょう。間違ったら「リセット」ボタンで元に戻しましょう。

 以上の作業が終わったら、ブログに戻り、表紙からカテゴリー別表示を行なったり、月別表示を行なって、リストが正しく表示されているかどうか確認しましょう。

**********

 いつものごとく疑問・質問・間違いなどありましたら、遠慮なくコメントください。間違いがあったら、あわてて訂正させていただきます。また、こういうネタをやってほしい、などの要望がありましたら、同様にコメントください。よろしく〜 m(. .)m

 次回は、アダルト関係のスパム・コメントの防止方法について考えてみたいと思います。

2005/07/19(火) 04:14:51 [キリスト教]

 きょうの成人科は、洗礼者ヨハネとイエスの伝道方法の違いについて。やっと実存神学から聖書の話に入ってもらえて助かった。あと、余談だけど洗礼者ヨハネのライフスタイルって豪快すぎ (^o^) > “らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。”

 礼拝は、地上の住みかと天の住みかの話。2コリ5:1-10です。けっこう難しかった。寝すぎで頭が回ってないのかと思って、あとで聖書を読み直してみたら、もともと難しい場所みたい。以下、2節から4節を抜き書き。
わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません。この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。(新共同訳)
 地上の幕屋は肉の体と従来の暮らしを表し、天の住みかは霊の身体と清められた生活のことを表しているんだと思う。てことは、これはキリスト教の死生観を説明しているのかな?

 聖書の死生観は、とても独特です。肉体とは朽ちるべき種であり、種が死ぬと朽ちることのない霊の体として復活するそうです。この説明を文字通り、死と復活の過程と考えるか、洗礼前と洗礼後の心の変化の象徴とみるかは、教派によっても個人によってもかなり分かれると思う。また、死というフィルターを介することで、はじめてはっきり見えてくる人生や信仰の形もあると思う。

 わたしは、この部分を“死を通してみつめた信仰の形”と考えてみたいっす。15節にある「その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」という文は、精神の復活の具体的な形を示しているんじゃないかなぁ。

 復活を物理的な死と復活の話ととらえると、ヨハネの黙示録のような凄まじいドラマになると思うんだけど、わたしは、世界の終わりの心配よりも、自分の人生をマトモなものにするために、死を考えてみたいっす。

 そもそも、わたしは洗礼によって、ちゃんと復活したのかどうか、かなり怪しい。カトリックには、天国に行く前に「煉獄(れんごく)」という世界があって、そこで懺悔していない罪が焼かれるらしいんだけど、わたしも、いまその段階にあるような気がするっす。

 復活の問題よりも前に、まず罪に死ぬということ、霊の体を着るという言葉の意味をもっと考えてみたい。この言葉には、まだわたしが気がついていない意味が、いくつも隠されているような気がします。

2005/07/16(土) 12:14:55 [キリスト教]

 ひきつづき聖餐(せいさん)の話。

ベラスケス「テーブルにつく農民」1620年 儀式の由来や働きを調べるのはおもしろいんだけど、信仰の面ではあんまり役に立たないみたい。供物を食べることで、神の属性を自分のなかに取りいれたり、神との合一を試みたり、神の再生をはかる、なんていう古代の儀式の考え方は、キリスト教にはまったくないもんな。それに、聖餐は神聖なものだけど、儀式そのものは象徴でしかないんだから、いくら儀式の由来や働きを調べても、象徴とするものに近づくことはできないんだと思う。

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2005/07/13(水) 09:46:01 [キリスト教]

 ここんとこヘビーなテーマが続いたから、もうちょっと軽い話題でアクセス数を伸ばそうか、などとたくらんでいたんだが、いつもアブノーマルなことを考えながら暮らしてるからライトな話題がぜんぜんないや(爆)

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2005/07/11(月) 19:12:07 [心の話]

 今回の聖日は、成人科がルカ伝の「大宴会」のたとえ、礼拝は「土の器」の話。勉強会では、ひきつづき史的イエスと実存的信仰の関係。

 成人科や勉強会では、よく実存を土台にした信仰の話がでます。できれば、そういうややこしい話は避けたいな〜、と思ってたんだけど、自分の足場として実存的な信仰は必要かも。

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2005/07/10(日) 05:53:15 [キリスト教]

 洗礼を受ける前からずーっと気になっている孝行息子のお兄さんの話について書いてみます。

 聖書のルカ伝にでてくる放蕩(ほうとう)息子の帰還の話って、たぶんみんなどっかで読んだり聞いたりしたことがあると思います。

ジョルジョ・デ・キリコ「放蕩息子」(1922) 父親に分けてもらった財産を放蕩の末に使いきってしまった息子が、食いつめたあげくに父親の前で自分の罪を悔いると、父親は息子の帰りをせいいっぱい喜び、よい服を着せ、近所の人々とともに盛大な祝宴を開きました…という美談なんだけど、この話には、もうひとりの登場人物 − 孝行息子の兄がいます。この兄にしてみると、この話は美談でもなんでもない不公平極まりない話になってしまいます。

 兄は怒って家に入ろうとせず、父親にこう訴えます。
「このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。」

この不満はもっともな話です。正しい者が祝福され、罪あるものが罰せられる。それが道理というものではないか、と彼は訴えています。

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2005/07/06(水) 07:42:25 [キリスト教]

 2週間ほど前、牧師さんから「アートバイブル」(amazon)を貸りました。西洋の名画に描かれた旧約・新約の聖書の名場面を、聖句とともに味わおう、という本です。

 文章は自由に情景を描けるところに楽しさがあるんだけど、絵には脳に直接とどくような迫力があります。驚くべき神の業と恥ずべき人の行いに満ちた旧約聖書、イエス・キリストを中心にすべての意味が変化していく新約聖書…その数々のシーンを目撃して、わたしのなかに最初におこった感情は“おそれ”でした。

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2005/07/05(火) 12:05:33 [その他]

 かつてのわたしにとって梅雨と夏は激痩せの季節。もともと暑さに弱い体質で、夏の盛りとともに食欲が落ちてやせ細り、夏の終わりには死霊のような姿になるのが例年のパターンでした。

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2005/07/04(月) 03:49:21 [キリスト教]

 今週の成人科は、カール・バルトの「ロマ書講解」の序文を読んで、従来の歴史的・批評的な聖書解釈と比べた場合の意味を考える、という授業。本文は何いってるかぜんぜん理解できないけど、古風な霊感に頼りたい、という気持ちはよくわかるよ、うん > バルトさん

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2005/07/02(土) 07:04:09 [キリスト教]

 天のお父様、一日の始まりにあなたに祈りを捧げます。

 わたしはいま大きな迷いの中にあります。

 わたしは、長い間、自分のためだけに働いてきました。そして、それはとても貧しい生き方であることを、主を通して教えていただきました。

 あなたの御心にそった道とは、どんな道なのか。わたしなりに新しい道を求めて試行錯誤をはじめたいと思います。そのなかで、わたしの小さな力をあなたの御用に使っていただく道があるのなら、どうかお示しください。

 この祈り、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

2005/07/01(金) 00:51:57 [その他]

 タダ券をもらったので、映画好きの女友達といっしょに行ってきました。

 なんの予備知識もなしで観にいったので、女性ボクサーが老トレーナーのもとで修行して見事チャンピオンの栄冠に輝く感動スポコン映画だと思っていたんだけど、とんでもなかった。キャラハン刑事の老獪な罠にひっかかってしまいましたよ (^_^)

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